アニメにもなっているマンガ『逃げ上手の若君(逃げ若)』が大人気です。
このマンガに登場する諏訪頼重の一族「諏訪氏」。
この記事では、諏訪氏の歴史と、彼らがどのように現代まで続いているのかをまとめてみました。
『逃げ上手の若君』の世界

『週刊少年ジャンプ』で連載中の松井優征さんによる人気漫画『逃げ上手の若君(逃げ若)』。
鎌倉時代の末期を舞台としています。
敵に正面から立ち向かうことが多いジャンプ作品のなかで、主人公が逃げまくるという異色の設定も好評で大人気です。
2024年7月からはアニメも放送されています。
メインキャラ・諏訪頼重
中でも、メインキャラクターの一人である諏訪頼重は、神官でも武士でもある不思議な存在。
アニメでは中村悠一さんが声をあてています。
中村悠一さんといえば、当サイトではストグラのプスカ大佐でおなじみですね。
頼重は、主人公・北条時行を窮地から救い、自分の領地である信濃国・諏訪にかくまうという重要なキャラです。

また、「未来が断片的に見える」という不思議な能力を持っていて、現代の文化もある程度知っています。
まんがの中で現代ネタや言葉が飛びかっても違和感が少ないのは、現代の文化を知っている彼の存在が大きいですね。
物語に現代要素を取り入れるためにも重要なキャラとなっている頼重さんです。
諏訪氏の歴史

実在の諏訪氏の一族はどんな人たちだったのでしょう?
諏訪氏は、古くから信濃国の諏訪大社の大祝(おおほうり)を世襲してきた名家です。
信濃国は、いまの長野県のこと。大祝(おおほうり)というのは、諏訪大社の儀式などをつかさどる神職です。
諏訪大社のトップに立ち、生き神様として敬われました。

諏訪氏は神官としてだけでなく、武士としての顔も持っていました。
鎌倉時代には鎌倉幕府に仕え、北条家と主従関係を築き、諏訪の地を領地としていました。
しかし、(『逃げ上手の若君』のネタバレになってしまうのですが)諏訪頼重は足利氏がたばねる北朝勢力に負け、諏訪氏は没落します。
戦国時代・江戸時代の諏訪氏

鎌倉幕府の終わりとともに没落した諏訪氏ですが、戦国時代も家系は続いていました。
ちなみに戦国時代の諏訪氏にも諏訪頼重という人物がいました。
頼重の娘は武田晴信(のちの武田信玄)の側室となり、武田勝頼を生みます。
しかし1542年、信玄との関係が悪化し、諏訪氏は武田氏に滅ぼされてしまいます。
諏訪氏の血を引く武田勝頼も織田信長との戦いに負け、命を落とします。

これでとうとう諏訪氏も終わり…と思いきや、一族のひとり、諏訪大社の大祝をしていた諏訪頼忠(よりただ)が諏訪家を再興します。
本能寺の変のあとの動乱に乗じて、諏訪頼忠は領地を取り戻したのです。
その後、諏訪家は徳川家に仕え、関ヶ原の戦いや大坂の陣でも徳川方として活躍しました。

諏訪家の領地は1590年に武蔵国、その後上野国(こうずけのくに)と変わりましたが、1601年には信濃国の高島藩(諏訪藩)の領主に任命され、再び諏訪の地に戻ってきました。
明治時代以降—諏訪氏の現状

明治時代になると、高島藩(諏訪藩)は廃藩置県により高島県となり、その後長野県に編入されました。
諏訪家は明治17年に華族のひとつである子爵となりました。
東京市中野区氷川町には諏訪子爵家の邸宅がありました。
現在の諏訪氏

さいごに、現代の諏訪氏についてです。
江戸時代には、諏訪氏は高島藩主をつとめるのは諏訪頼水の家系、諏訪大社の大祝をつとめるのは諏訪頼広の家系、と別々になっていきました。
諏訪大社の大祝の家系は2002年に当主の諏訪弘さんが亡くなり、断絶しています。また、諏訪大社の大祝の職も明治維新後に廃止されました。
高島藩主の家系は、現当主(第15代当主)の諏訪忠則さんがいらっしゃいます。
諏訪忠則さんは高島城の名誉館長や諏訪高島城保存協会の代表理事などを務め、諏訪の歴史を守り続けていらっしゃいます。
おわりに
まんが・アニメ『逃げ上手の若君』で描かれるメインキャラの諏訪頼重。その家系である諏訪氏は、歴史の激動を生き抜き、現代にもその血筋が続いています。
『逃げ上手の若君』をさらに楽しむヒントになればうれしいです。
当サイトでは他にもアニメ関連の記事を書いていますので、ぜひごらんください!




